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コムスタカ―外国人と共に生きる会 Kumustaka-Association for Living Togehte with Migrants

〒862-0950 熊本市中央区水前寺3丁目2-14-402

須藤眞一郎行政書士事務所気付

フィリピン人の重婚事例

重婚のフィリピン人と日本人の婚姻(後婚)が有効と認められました。

2017年12月25日  中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)

1.相談の経緯と趣旨

 2015年夏に、コムスタカー外国人と共に生きる会のホームページ(注1)を見て、重婚ケースのフィリピン人(以下、相談者)より相談がありました。 相談者は、フィリピン人配偶者と婚姻中に日本人と婚姻し、その後しばらくしてフィリピン人配偶者とは、アナルメント訴訟(婚姻無効訴訟)で婚姻関係を解消していました。 そして、相談者は、日本人配偶者との婚姻が長年経過していたため、帰化申請を法務局に相談したところ、「帰化手続きを進めるためには、重婚で日本人配偶者との婚姻は無効 で、家庭裁判所での婚姻無効の戸籍訂正をして、改めて日本人配偶者と婚姻をして、相談してほしい」といわれ、帰化手続きができませんでした。 相談者は、いまさら日本人配偶者との婚姻を無効にしたくない、何とか婚姻有効と認めさせて、帰化できるようにできないかというものでした。

(注1)コムスタカのHP DVの項目
 日本人夫が重婚を理由とする婚姻無効訴訟に請求棄却判決 (2010/11/03)


2.取り組みの経緯

(1)法務局への相談

  法務局に重婚ケースのフィリピン人の帰化手続について確認しました。 法務局は、「フィリピン人の重婚ケースで後婚の日本人との婚姻は無効である」という見解は同じでしたが、「裁判所が、婚姻有効、あるいは婚姻無効でないという決定がなされた場合には、戸籍の訂正ができなくなるので帰化手続きを進めることができる」という見解でした。


(2)家庭裁判所への婚姻有効を求める戸籍訂正許可申立

 重婚のフィリピン人妻を被告に、日本人夫が原告となり婚姻無効確認の訴えを家庭裁判所へ提訴し、通則法第42条の公序の規定を根拠にその訴えを棄却したのが、平成22年7月6日の熊本家裁の判決でした。 この場合、夫と妻の間に対立関係があり婚姻無効訴訟という形式の訴えが成立しましたが、相談のケースでは夫婦の間に「婚姻有効にしてほしい」という要求で一致しており対立関係がなく、また法務局や市町村役場など公的機関の処分も出ておらず、どのような形式での訴えならば裁判所が受理してくれるのか不明で悩みました。

 戸籍法116条の「判決による戸籍の訂正」(注2)の訴えでは、夫婦間に対立関係がないので婚姻有効という主張をしても「訴えの利益なし」と判断されて却下されるおそれがあり、見送りました。 結局、帰化を希望する相談者が、戸籍法114条(注3)の「無効な行為の記載の訂正」を根拠に、法務局の指示どおり家庭裁判所へ婚姻無効による戸籍訂正許可の申立を外国人配偶者が行い、これに日本人配偶者も、弁護士を代理人として審判手続参加申立を行いました。 申立人と参加申立人が婚姻無効の戸籍訂正許可申立事件の審理の過程で婚姻有効を主張し、婚姻有効の決定を家庭裁判所から得ようと試みました。 しかし、家庭裁判所の裁判官は、戸籍訂正許可は、軽微な変更以外は認められないとして却下する意向を示したため、この申立を取り下げました。

(注2) 戸籍法第116条「判例による戸籍の訂正」
 「確定判決によって戸籍を訂正すべきときは、訴えを提起した者は、判決が確定した日から1ヶ月以内に判決の謄本を添付して戸籍の訂正を申請しなければならない。」

(注3) 戸籍法第114条「無効な行為の戸籍の訂正」
 「届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に、その行為が無効であることを発見したときは、届出人又は届出事件の本人は家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる。」


(3)婚姻有効確認訴訟による提訴

 2016年に入り、弁護士から婚姻関係存否確認請求の訴え(注4)という形式で家庭裁判所に申立てできるのではないかという提案がありました。

 このケースでは、外形上成立している婚姻が、「無効でない、有効な婚姻である」ことの確認を求める訴えとなるので受理されうるか不安がありましたが、重婚の外国人配偶者を原告、日本人配偶者を被告とする婚姻関係存在確認の訴えを家庭裁判所に提訴したところ受理されました。 後婚にあたる相談者と日本人配偶者の婚姻を有効であると認めさせるための主張として、提訴時の訴状では、平成22年7月6日の熊本家裁の判例(注5)を参考に、法の適用に関する通則法(以下、通則法という)第42条の公序の規定(注6)を根拠に論理構成した書面を提出しました。

(注4) 「婚姻関係(夫婦関係)存否確認の訴え」
 婚姻無効事由・離婚無効事由以外の事由によって特定人間の法律上の夫婦という身分関係の存在・不存在を確定することを求める訴訟である。 外形上成立している婚姻が不成立であることを求める婚姻関係不存在の訴えと外形上成立している離婚が不成立であることを求める夫婦関係存在確認の訴えの2類型がある。

(注5)平成22年7月6日熊本家裁判例(平21家ホ76国私百選二版10)
 日本人原告が、フィリピン人被告との間の婚姻は重婚により無効であることの確認を求めた事案において原被告間の婚姻成立から約6カ月後に被告の前配偶者は死亡しており、既に重婚状態は解消していること、 原被告間の婚姻期間は5年を経過しており、被告と長女は約5年間日本で生活していること、二女は出生以来日本で暮していること、その婚姻が無効になれば長女及び二女が原被告の嫡出子の身分を失うこと等の事情を考慮すれば、フィリピン家族法を適用してその婚姻を無効とすることは公序良俗違反となるとした。

(注6)法の適用に関する通則法第42条〔公序〕
 「外国法によるべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用しない。」

(4)婚姻関係存在確認訴訟から婚姻存在確認の調停・合意による審判へ

 家庭裁判所の裁判官は、この訴えを受理し、第1回口頭弁論を開催しましたが、裁判官は通則法第42条の公序の適用に消極的でした。

 その後、相談者から教えられた中国人配偶者と日本人配偶者との重婚事例での婚姻無効の戸籍訂正許可事件で、平成25年に「中国における婚姻について婚姻の無効が宣告された様子はうかがえない」ことを理由に、 日本人配偶者との婚姻を無効とせずに有効と認めて、戸籍訂正許可を認めた審判事例があることが分かりました。

 その論理をフィリピン家族法に応用して、「フィリピンの婚姻は、届出ではなく婚姻挙行という事実主義を採用しており、婚姻の届出は成立要件でなく効力要件であり、 婚姻が当初から無効となるためには、婚姻無効の確定判決を得てその判決を登録しなければ、その婚姻は有効である」という主張を追加しました。

 第2回口頭弁論では原告被告双方の裁判への出頭が裁判官から求められ、原告と被告双方に婚姻有効の意思が確認されました。 そして即日結審し、婚姻有効確認の調停事件に移行し、家事事件手続法第277条の合意に相当する審判で、「主文 ――届出によってなされた申立人と相手方の婚姻が有効であることを確認する。」、 「理由 当事者間に主文同旨の合意が成立し、かつ当事者双方が申立てに係わる婚姻の原因関係について争わないので、当裁判所は、必要な事実を調査した上、本件申立を相当と認め、家事事件手続法277条により、主文のとおり合意に相当する審判をする。」というものでした。 そして、この審判は、双方とも異議がなかったので確定しました。

 そして、家庭裁判所での婚姻有効の審判を得た相談者は、これを添付資料として、法務局に帰化申請をして、その約1年後、法務局から帰化が認められ、外国籍から日本国籍となり、相談から約2年を経て解決に至りました。

 

(5)まとめ

  このケースでは、これまで判例や法務局の戸籍実務でも無効であるとして確定していた婚姻を、婚姻関係存在確認訴訟を受理し、それを婚姻関係存在確認の調停に移行させ、合意に相当する審判で婚姻有効と認めました。

 しかし、「フィリピンの婚姻は、届出ではなく婚姻挙行という事実主義を採用しており、婚姻の届出は成立要件でなく効力要件であり、婚姻が当初から無効となるためには、婚姻無効の確定判決を得てその判決を登録しなければ、その婚姻は有効である」という主張が採用されたのか否かは、その論理構成は不明でした。 むしろ、家庭裁判所の裁判官は、その論理構成や理由を正面から明らかにしないですむ家事事件手続法第277条の調停への移行と合意に相当する審判という方法で救済しました。

 今後同様な重婚ケースで中国法やフィリピン家族法が、婚姻無効の根拠になるケースでは、「婚姻は、届出ではなく婚姻挙行という事実主義を採用しており、婚姻の届出は成立要件でなく効力要件であり、婚姻が当初から無効となるためには、婚姻無効の確定判決を得てその判決を登録しなければ、 その婚姻は有効である」という主張で婚姻有効を主張したり、重婚は、戸籍実務の根拠となっている東京高裁判例(注7)のいう通則法の第24条「婚姻の成立及び方式」ではなく、第25条「婚姻の効力」が適用となり、日本の民法が適用されるという主張の展開が可能になる道が開けてくるかもしれません。

(注7)東京高判平19年4月25日家月59・10・42国私百選二版57
 「重婚が有効か無効か、誰が無効を主張し得るか、婚姻の効力の問題ではなく、婚姻の成立の問題であり、一方の当事者の本国法である日本法では、婚姻取消事由となるのに対して、他方の当事国の本国法である中国法当然無効となるのであれば、より厳格な効果を認める方の法律を適用すべきであるから当然無効となる。」


関連法の紹介

法の適用に関する通則法第24条(婚姻の成及び方式)
 1項 「婚姻の成立は各当事者につき、その本国法による」

法の適用に関する通則法第25条(婚姻の効力)
 婚姻の効力は、夫婦の本国法が同一であるときは、その法により、その方法がない場合においては夫婦の常居所地法が、同一であるときはその法により、そのいずれの法もないときは、夫婦に最も密接な関係がある地の法による。

フィリピン家族法 第35条
 「以下の場合には、婚姻は、当初から無効とする。
 4項 第41条の規定を除く、重婚であるとき」

フィリピン家族法  第41条
 「前婚の継続中になされた婚姻は無効とする・―(以下、省略)―」

日本民法第732条
 「配偶者のある者は、重ねて婚姻することができない」

日本民法第744条
 1項 「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻は、各当事者、その親族又は検察官から、その取消しを家庭裁判所に請求することができる―以下・(省略)―。」

日本民法第748条
 1項 「婚姻の取消しは、将来にむかってのみその効力を生じる。」

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