警察庁の「来日外国人(不法滞在者)」

犯罪統計分析への批判作業の雑感

99年体制の終焉を前に

 

2009818日  中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)

 

 

私が、 警察庁が公表する「来日外国人犯罪の状況」などの「来日外国人犯罪」の統計

データやその分析のあり方を批判する作業を始めたのが、1998年の終わりごろでしたので、

今年2009年で11年となる。

私が、この問題にかかわる契機は、「退去強制後の再入国禁止期間の1年間から5年間へ延長」や

「不法在留罪」の創設など管理と規制強化を進める1999年の入管法「改悪」に反対する運動に

NGOの立場でかかわったことにあった。

 

それまでの入管法の改定案は、法務省側の提案理由として、警察庁の「来日外国人」犯罪統計分析に

よる「来日外国人」や「不法滞在者」による犯罪データが使われていました。そして、「治安悪化」に対する

政策として規制や管理強化、罰則の創設の必要性が論じられ、自民党の政務調査会の議員ら政策決定権者

らが、まず説得され、続いて与党の国会議員、そして野党の国会議員も賛成して、全会一致で可決されるパターンでした。

 

99年入管法の改定案に反対するために、警察庁のデータ分析に対抗して、「来日外国人」犯罪の問題を、

その人権問題の立場で研究したり、反論する学者や、研究者や弁護士などの法律家の存在や論文などを

探しましたが、残念ながら見つけることはできませんでした。また、仮に私の知らないところで存在

していたとしても、警察庁相手に名前を出して反論したり、正面から取り組んでくれる人は皆無でした。

 但し、同様な問題である「少年犯罪」では、警察庁のデータに反論する教育学者や社会学者、法律学者

や弁護士など法律家がそれなりに存在することと比べても、「来日外国人」や「不法滞在者」問題では

「専門家」は全くあてにできませんでした。

 

警察庁が公表している「来日外国人」犯罪が増加しているというデータは、ニューカーマーと呼ばれる

移住外国人(その多くは移住女性)からの相談を長年担当してきた私の実感と大きく異なっていました。

また、警察庁の「来日外国人犯罪」データが、「検挙件数」の増加を根拠として論じられているが

1993年以降から1998年当時まで「検挙人員」は減少傾向にあることとの乖離が疑問としてありました。

 

結局、「犯罪統計」分析に素人である私が、一つ一つ警察庁の分析データの意味や根拠を検証し、

未公開データを警察庁から、時には国会議員などに依頼して公表させながら、野党の国会議員の

改定入管法への質問や法務省への反論を準備する作業を行い、警察庁の犯罪データの問題について

追求するための分析や基礎データづくりを担当することになりました。

 

これは余談ですが、当時、来日外国人犯罪統計データは、マル秘あつかいで、国会議員でないと入手不可能と言われていました。そのようなコネのない私は、 警察庁の「来日外国人」犯罪統計資料を入手しようと警察庁へ電話したところ、担当者に電話が回され、「来日外国人犯罪について調べているので、統計データがあればおくってほしい」と直接依頼しました。

応対した担当者は、「お送りしますから、返信用の住所を書いて依頼書をおくって下さい」といわれ、返信用の郵送費も要求されずに、警察庁負担で、「来日外人問題の現状と対策(平成10年中) 来日外国人犯罪対策室  平成11年5月」とタイトルのついた全文153ページの資料を無料で送ってくれました。

応対した担当者は、これまで誰も関心を寄せたことがなかった分析資料に、一般の人から関心が寄せられたことへの素朴な喜びがあり、うれしそうに対応してくれたのが印象的でした。いわば牧歌的な出会いでした。 その後、「来日外国人犯罪対策室」のスタッフによる犯罪統計が、日本の治安問題に関して,猛威をふるい、私にとってもカウンターパート(対抗者)となっていくことになります。

 

 

99年の入管法の改定法案は、これまでの法務省のほぼ言いなりで簡単に国会を通過してしまう

パターンと異なり、与野党の対決法案の一つとなり、ぎりぎりまで採決されず廃案寸前まで追い

むことができました。最終的には、それまで野党として反対していた公明党が、この年から自民党

と連立内閣を構成することになり賛成に転じたため、NGO側の提案を踏まえた野党の意見を加味した

付帯決議をつけて可決されてしまいました。

 

それでも、1998年版『警察白書』の中で、「『検挙人員全体に占める来日外国人構成比の高さ』の項目の

根拠となっている『来日外国人』人口の算定基準が誤っている」という法務委員会での野党議員の質問

を受け、陣内法務大臣(当時)は答弁に窮してしまった。そして、翌1999年の『警察白書』から「検挙人員

全体に占める来日外国人の構成比の高さ」という項目が消え、現在に到っています。このことは、警察白書

において、「来日外国人は、犯罪率が高い」という偏見の根拠をなくすという成果となりました。

 

1999年は、現在に至る自民党と公明党を中心とする連立内閣が成立したという政治的にも歴史の節目でした。

55年体制を延命補完する99年体制とよべる)この年は経済的にもITバブルが崩壊し、失業率が急上昇し、

日本国内で「治安悪化」が宣伝されていくようになりました。そして、読売新聞を中心とするマス・メディアによる

警察庁の「来日外国人」犯罪、データを根拠とする「(来日)外国人」犯罪キャンペーンは、「治安悪化」の要因

として、「来日外国人」や「不法滞在者」による犯罪の「増加」・「凶悪化」を世間に広く深く浸透させていきました。

 

その結果、2000年4月の石原東京都知事による「差別発言」等、多くの政治家の「暴言」や「差別発言」がなされても、

それを批判するより、多くの日本国民がその発言を支持していくことになりました。そして、2003年12月には日本政府は、

「犯罪に強い社会実現のための行動計画」を策定し、その中で「不法滞在者の5年間での半減」が数値目標として

取り入れられ、入管職員の増員や警察官の増員が認められていきました。

 

※ 2008年12月政府の犯罪対策閣僚会議は、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008−『世界一安全な国、日本』の復活を目指してー」を策定して閣議決定しました。この行動計画は、2003年12月策定に行動計画を引き継ぐものですが、「不法滞在者の5年間での半減」など数値目標は設定されず、「国民の体感治安は依然として改善していない」という主観的な不安感が根拠とされています。

 

その根拠として最大限「悪用」された警察庁の「来日外国人」犯罪統計分析による「来日外国人」や

「不法滞在者」による犯罪データによる「増加」論は、単純であるだけにわかりやすく、大きな影響力をもち、

その後の毎年のような入管法の規制強化や管理強化を意図する改定法案の根拠として活用されていくことになり

ました。そして、その状況は現在も基本的変わっていません。

 

  しかしながら、2000年代以降の国会の法務委員会での入管法改定法案をめぐる野党議員の追及や質問は

、「来日外国人」や「不法滞在者」の犯罪の増加を示す警察庁のデータの根拠のなさを鋭く批判し、あばくものと

なっていきました。

法案自体は、多数を占める与党の賛成多数で可決、あるいは野党提案の付帯決議をつけて全会一致で可

決されていくものの、法務委員会での論戦は1990年代のように一方的に法務省の提案に対して無批判に可決

されていくものとは大きく異なってきました。

 

また、その論議の影響を受け、警察庁も、それまで「来日外国人」や「不法滞在者」についての公表していなかった

データの公表や、私が主張してきた、「来日外国人」や「不法滞在者」の犯罪の増減を見る指標として、「日本全体の

刑法犯検挙人員に占める構成比の経年的変化」のデータを、近年では「警察白書」や「来日外国人犯罪の状況」等

のデータの中に記載公表するようになってきました。

警察庁の公表するデータや見解に追随してきたマス・メディアのなかにも、「来日外国人犯罪(刑法犯検挙人員)」が、

日本全体の刑法犯の2%程度を占めて推移しているにすぎないことこと、」「不法滞在者の犯罪が、日本全体の刑法犯の

0.4%以下にすぎず、近年減少傾向にあること」、「外国人犯罪が減少していること」等を報道するところも現れてきました。

 

       当時、警察庁の「来日外国人犯罪増加論・凶悪化論」に対して、これに批判的なNGOの中にも、警察庁のデータ批判という「相手の土俵に乗るべきでない」、あるいは、「数は問題ではない」といった意見が支配的でした。

しかし、私は、警察庁の統計データそのものを使って、「来日外国人犯罪は増加していない」「不法滞在者による犯罪は治安悪化の温床でない」ことをその統計データから証明することを目指しました。つまり、相手の「土俵」のなかで、「数」そのものを問題として挑むことにしました。

世論やマスコミを当てにできない状況下で、それが最少の労力で、最大の効果を挙げていく方法でした。その闘いは、世論的には孤立無援に近いものでしたが、カウンターパート〔対抗者〕である「警察庁来日外国犯罪対策室」のデータ分析批判としては、的確に効果を挙げ、そのデータ分析の限界や誤りを、国会の法務委員会の論戦で暴いていくこととなり、警察庁も、無視できなくなってきました。

 

そして、近年、警察庁が、ホームページ上公表している「来日外国人犯罪検挙状況」など

私が主張してきた、「来日外国人」や「不法滞在者」の犯罪の増減を見る指標として、「日本全

体の刑法犯検挙人員に占める構成比の経年的変化」のデータも掲載するようになったことを知った時、正直なところ、この闘いに勝利できたと思いました。

 

日本社会が、不況による雇用情勢の悪化や格差の拡大など社会不安が高まる時、

「外国人犯罪」問題が政府や警察庁や法務省などの公権力側から意図的に宣伝され、

それを検証せず、一方的に追随するマス・メディアにより広く深く世間に浸透させられていきます。

その構図は、10年以上を経た現在も基本的に変化していないと思われますが、それでも、

それに対抗する側の論理や内容や抵抗力は確実に高まっています。

 

目前に迫っている深刻な「少子―高齢化」による労働力不足に直面する日本社会は、

外国人の労働者への労働開放や移民の受け入れ問題を避けて通ることができません。

日本が従来のままの管理と規制中心の閉ざされた外国人政策から、多文化共生をめざす

開かれた外国人政策に転換していくことを阻む大きな壁として、警察庁の「来日外国人」

「不法滞在者」犯罪データの分析や見解を根拠とする「外国人犯罪増加論」が存在しています。

 

この10年余りを通じて行ってきた警察庁の「来日外国人」「不法滞在者」犯罪データの分析や

見解を批判する私の作業が、多文化共生をめざす開かれた外国人政策に転換していくための

基礎データとなり活用されていくことを希望します。

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