「移住外国人支援の現場から見た東アジアの共生」基調報告

中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)

一、コムスタカの活動紹介

私たちコムスタカ―外国人と共に生きる会は、1985年9月に当時ダンサーシンガーとして働いていたフィリピン女性を助ける活動から始まりました。ですから27年前に発足しました。この会場近くのの手取りカトリック教会に連絡先があります。 おもな活動内容は無料でやっているさまざまな外国人の人権相談、生活相談、それから今回のようなシンポジウムや映画会とか学習会といった啓発活動、そして熊本市や熊本県に対する帰国者や移住者に対する政策提言ですね。 政策提言が実現した例として、2004年に「自動車免許学科試験で、日本語でしか受けられない状態を多言語で受験できるように改善してほしい」ということで提言したら、熊本県の免許センターは英語と中国語で受験ができるようにするなど、いくつか例があります。それから、九州内の他のNGOと共同ですが、福岡入管に対する意見交換会を、また、大村入国管理センターという長崎県大村市にある入管の収容所施設で被収容外国人の処遇改善など要望をする意見交換会を年に一回開催しています。コムスタカ―外国人と共に生きる会には、年間電話相談は、のべ5~6〇〇件あるのですが、具体的な相談として取り組んでいったケースが大体年6〇~7〇件ですね。 そのうち、8割~9割がほぼ女性です。で、結婚で日本に移住して来られる方が一番多いのですが、国籍別ではフィリピンの方が半分くらい、中国の方が4分の1で、そのほか国籍でいえば10ヶ国位。おもな内容は、在留資格をめぐる更新が難しいとか、変更したいとか、日本に残りたいという人の相談が一番多いです。あと国際結婚及び離婚に伴って子どもの養育とか認知、それからドメスティックバイオレンス(DV)やネグレクト(遺棄)とか、家族の結合とか、出身国に居る妻や夫や子どもを呼びたいとか、賃金の未払い、介護、相続、(特に、夫が亡くなって、相続に伴ういろんな権利があるのに、親族から追い出されて相談に来られるとか)、警察につかまったり、入管につかまった外国人からの相談なども受けています。現在、相談内容は、在住外国人ライフサイクル全般に及びます。

二、三つの相談救援事例

今から3件ほど代表的なケースを紹介します。

1、セクシュアルマイノリテイの人身取引被害者の救援

2010年夏に熊本県内のあるフィリピンパブだったのですが、そこで働いていたフィリピン人5名が契約違反とかパスポートをとり上げられたということで、警察に「帰りたい」と相談と保護を求めてきました。 日本政府は、2004年から人身取引行動計画を策定し、人身取引の被害者と認められたら公費で保護する仕組みがあるので、その5名の方を警察は、人身取引被害者と認定して保護しようとしました。そのうちの一人が、たまたま外見は女性なんですが、パスポート上は男性になっているセクシユルマイノリティーの人でした。「現在の日本での人身取引被害者の保護施設は、女性と子どもしか入れられません。男性を入れられないため、結局民間団体のほうにお願いしたい」ということでコムスタカ―外国人と共に生きる会に相談があって、他の民間シェルターを紹介し、そこで、10日間ほど入居して暮らし、調べてもらったうえで帰国した事件があります。 ここで明らかになったのは、男性とかセクシャルマイノリティーの人身取引被害者に対して、「公費で保護する施設や政策を、日本政府は全く用意していない」ということでした。そういう問題があったので、2011年の5月に熊本県のDV防止対策連絡会議で。「とにかく政府が保護施設をつくるか、それがすぐにできない場合には、熊本県で民間シェルターに公費補助ができるようにしてくれ」と提案しました。そうしたら、翌年2012年になって熊本県として全国初めてなのですが、民間シェルターに2週間以内、わずか1日1500円ですが、公費援助をする施策を始めました。これは我々の提案が実現したものですが、これが、男性やセクシュアルマイノリテイに対する全国最初の施策です。「男性やセクシュアルマイノリテイに対する保護施策に対して、日本政府は対応しろ」ということが、アメリカ政府からも要求されているので、これを機に、日本政府や他の自治体でも、保護施策が進んでいけばいいと思います。

2、労働搾取としての技能実習生問題

2008年に熊本県玉名市にある縫製工場で、18名の中国人女性が働いていて、そのうち12名が逃げて、保護しました。 彼女たちは中国から来るとき、日本円で70万円とか、80万円位の借金をしてきていました。これがもし逃げ出したり、途中で帰国したりしたら、罰金として、150万円とられるとか、違法な契約をさせられて働いていました。この縫製工場では一年間の休みがわずか5日間。1カ月間の休みじゃありません。一年間で休めたのが5日間で、夜の午後11時くらいまで見つからないように黒いカーテンを閉めて働かされていました。 昼間の賃金は最低賃金なんですけど、残業代は時給350円から400円でした。その給料の中から、さらに強制貯金で毎月3万円をとられ、しかも、3年後の帰国するときしか返してもらえないという状態だったのです。保護した12名を2カ月くらい保護している間に、労働基準監督署に申入れて是正勧告をださせて給料の未払い分の交渉をしました。まあ、「当該縫製工場の企業主は、払えない」と言っていたので、第1次受入団体の協同組合が、7割位を返すということで和解となりました この事件には、実は、駐福岡中国総領事館が介入して、初めて中国領事館の領事が立ち会って、彼女ら12名は、中国の送り出し機関や日本の受け入れ機関と交渉しました。中国領事館は、送り出し機関の代表者らを中国から熊本に呼びつけて、その人たちと彼女らは交渉することになりました。その結果、彼女らの要望通り、「帰っても罰金を取られないとか、中国の家族に接触しないとか、帰国後の報奨金はもらえるとか、安心して帰れる」という内容の協定を全国で最初に結ぶことができました。これ以降、この4年間で 30件以上の研修生や技能実習生の相談がきています。

3、結婚移住女性への暴力

それから、コムスタカへの相談へ一番多いのが、結婚している日本に移住してきている女性からの相談です、フィリピン、中国、インドネシア、ペルーの人もいるのですが、非常に多いのがDV(ドメスティックバイオレンス)の相談です。外国人で日本人等と国際結婚した方の場合、幸せでうまくいっている方も多いのですが、実際に相談を受けて逃げてこられるときは相当ひどくなっています。日本人と違うのは、おなじ被害者でも、在留資格で、原則夫の身元保証が必要とか、分かりやすく言えば「俺がいつでも入管に通報すれば、おまえは中国(あるいはフィリピン)に帰らせることができる」とか脅かされる。そういうふうに脅して支配するなど、精神的に支配していることが多いので、かなりぎりぎりまで我慢していたり、首を絞められたり、殺されそうになったりして命が危うくなってよやく相談に来るとか、あるいは日本人夫が、「別に好きな女性ができたということで、外国人妻をゴミのように簡単に捨てる」、いわゆる、遺棄(ネグレクト)というケースもあります。 このスライドは、コムスタカも協力して、韓国と日本と台湾という三つの国と地域で調査した結果を新聞記者が報道した記事で、そのDVの傾向と実態を調べたものです。フィリピン人会・熊本の会員にも、アンケートに協力してもらって、その傾向を調べました。面白いのは、韓国、台湾の結婚した外国人妻は、「夫の親族とか地域社会との関係で非常に息苦しい」というのが高い比率で不満としてあるのですが、日本人と結婚した外国人妻の一番の不満は「夫が口をきいてくれない」「モノを言わない。ちゃんと説明しないが多いことでした。これは、多分日本人女性の方も心当たりがあると思うのですが、こういう傾向が強いです。

4、人身売買・労働搾取・暴力の背景

それで今、三つあげた人身売買、労働搾取、移住女性への暴力の背景には、外国人への偏見や差別があります。 コムスタカ―外国人と共に生きる会は、発足当初から必要性があって相手側と交渉してきた経験があります。興業の在留資格で来日したエンターテイナー(ダンサー・シンガー)であれば、オーナーとかブローカーの人たち、それから技能実習生問題であれば、当然受入企業や農家とか、第一次受入機関である協同組合とか、外国の送出機関ですね。それから女性の暴力だったら日本人の配偶者、夫とかが相手方となります。 特徴的なのは、加害者や加害企業が、移住外国人や外国人研修生―技能実習生に、なぜここまでできるか、どうして可能なのかというと、実は加害者側には、移住外国人や外国人研修生―技能実習生への蔑視や差別意識があるのです。加害者には、「そういうことをやっても許される。どうせ抵抗されない、どうせ見つかっても罰せられない」という安心感があります。私が、交渉してきた多くの経験から言うと、必ず夫の側なり加害者側から言われるのが、私は日本人なので、「どうして日本人のあなたが外国人の味方をするのか、日本人なのにどうして外国人の味方をするのか」あるいは、日本人男性の夫の相手をしていると、「どうしてあなたは男なのに女の味方をするのか、」という言葉が当たり前にでてくることがあります。私からみれば、「どうして日本人である私が、日本人の味方をしなければならないのか、男性である私が、男性の味方をしなくてはならないのか」、理解不能です。それは、日本人や男性であるかどうかではなく、相談され直面している問題の内容で決まります。 ところが、そういう声がでてくる背景には、「日本人は日本人を守ってくれる、男性は男性を守ってくれる、」という価値観が根強くあります。そのあたりの意識を、当たり前でなくなるように変えていくことが必要です。

三、東アジアの共生を考える

今日のテーマである「東アジアの共生を考える」というシンポジウムを催した理由でもあるのですが、今日の企画は、実は今、東アジアに関しては非常に危機的な状況にきています。一歩間違うと、再び戦争という事態が起きる状況でもあります。当然、それは領土問題として現れているのですが、日本と中国、台湾に関しては尖閣諸島問題、韓国に関しては竹島問題。ロシアについては北方領土問題です。これは別に日本が関係した領土問題だけではなくて、今中国と東南アジア諸国とも南沙諸島の問題をめぐって非常に厳しい対立関係にあります。

1、新しい国際秩序形成の過渡期

こういうことが起きてきた背景でが、戦後60年以上をへて、あるいはソ連が崩壊し、日本のバブル経済が崩壊した1990年代以降、20年以上がたつのです。現在は、旧来の秩序や国際関係が崩れ、新しい秩序や国際関係がつくられていく過渡期にあります。一番大きい変化は、中国が急速に経済発展して、今や日本を2010年にGDP(国内総生産)で追い抜き、あと15年か30年する間に、少なくとも中国のGDPは日本の2倍から3倍になります。(それでも、人口が中国は日本の10倍ほどあるので1人当たりは、3分の1とか5分の1とかの格差はありますが、経済規模としては、いずれアメリカに追いつき、追い越すことが可能なレベルまで大きくなります。経済発展しているのは、中国だけでなく韓国にしてもフィリピンにしろ、東南アジア諸国も同様です。ですから、アジアで圧倒的だった日本の経済力が、それ以前と比べて相当に格差が縮んできているという現実があります。 次に、東アジアが、経済規模として世界でも大きな比重を占めています。だから日本にとって今や中国は、貿易相手国として1位で、3割を占めています。一方、アメリカは1割台しかありません。東アジア全体でいうと、日本は4割ですから東アジアに依存していかないとやっていけなくなる。その裏側では、いままで大きな影響力を持っていたアメリカが、相対的な地位を低下させてきています。こういう関係のなかで新しい秩序みたいなものがつくられようとしています。 もう一つは、日本国内の事情ですが、日本人の多くは、戦後生まれとなり、若い世代の中には、平成生まれの人がいますので簡単な歴史を説明します。

2、日本の領土は連合軍が決めた

第2次世界大戦で日本は敗戦したんです。日本が終戦記念日としている8月15日は、昭和天皇が玉音放送で、「ポツダム宣言を受諾して戦争を止めます」と一方的にいっただけで、正式に連合国と日本との戦争が終わったのは、9月2日(敗戦記念日)です。日本は、敗戦によって無条件降伏をしています。すべての海外の植民地を喪失し、それ以降、平和国家として出発しました。ただし、戦後の日本は、戦前の軍国主義とか戦争被害については被害者感情としてはものすごく強くあるのですが、(それが日本の平和主義を支えていることも事実ですが)、アジア太平洋地域への植民地支配とか、占領支配への真摯な反省はむしろ不十分なまま現在に至っています。 現在は、むしろ、そういうことを真面目に考える人たちよりも、「日本は悪くなかったとか」、「南京大虐殺はなかったとか」、「戦争責任はない」という人たちがむしろ大手をふるような形で、日本のナショナリズムを先導するような人たちの声が強くなってきています。 さて、日本の領土なんですが、実は日本の領土は、1945年8月14日に受諾したポツダム宣言と、1951年に調印したサンフランシスコ平和条約(日本が6年半の占領下から独立した時の条約)にはっきりと書かれています。「日本の主権は本州、北海道、九州、四国の四つの島、それから連合軍(実質的にはアメリカなんですが)が、決めた小さな島だけです。」 日本の領土問題というのは、連合軍が決めた小さな島に、北方四島や尖閣諸島や竹島が入るのか、入らないかという争いをしているわけです。北方四島については実際上ロシアが施政権を持ち支配をしています。竹島については、韓国が施政権を持っています。尖閣諸島は、1972年の沖縄返還の時に、アメリカが持っていた施政権を日本がそのまま譲られ、現在に至っています。

四、 領土問題の平和解決へむけて

それでは、領土問題を、武力や戦争ではなく、どうやって平和的に解決するのかというと、次の3つのパターンがあるので紹介します。

1、二国間交渉による平和解決

ひとつは2国間で交渉して解決するやりかたです。これは日本も、ずっと戦後やってきたのですが、残念ながら現在まで成果はあがっていません。 うまく解決した例として、中国とロシアは実は国境線が約7000キロあるのですが、1969年に極東のウスリー川にある中州にあたる小さな島をめぐって、中国軍とソ連軍がほぼ全面戦争、核戦争寸前にいくらいの危機的状況を迎えます。それから中国とソ連、そのあとのロシアは、国境線画定協定を3回結んで、現在は全部の国境線を解決しました。このやり方は、島の半分とか川とか、こっちはロシアにやる代わりにこっちは中国がもらう、というように、両国が妥協しあいながらかなり合理的に解決していった例があります。その結果、お互いに対峙して国境警備隊や軍隊を張り付けあって、警戒することがしなくて済むようになり、相互の経済交流関係も発展しやすくなりました。

2、国際司法裁判所による平和解決

次に、言われているのは国際司法裁判所ですね。ICGとか呼ばれる。これはオランダのハーグに本部がある国連の司法機関のひとつですが、裁判官が15名の定員があって一審制です。つまり一回限りです。2010年8月現在で11の争いが準備されています。強制管轄権といって、相手国が同意しなくても裁判を起こすことができる条約を結んでいる国が67しかなく、国連加盟約200の国と地域うち、3分の1くらいです。韓国も中国もこれに加盟していないので、この国際司法裁判所を巡って争うことがなかなか合意できないのですけど、領土問題を、国際司法裁判所によって解決した例は、過去に10いくつかあります。最近の例といえば、マレーシアとインドネシアは争いをして、2009年マレーシアが勝訴した判決があります。 日本も国際司法裁判所を使ったらいいという意見も確かにあるのですが、例えば日本政府は、韓国に対して、竹島問題についてはしようとしているとか。ただ問題は、国際司法裁判所の判決で負けた時にも、その判決を受け入れる覚悟がいるのですね。「当然勝つから提訴するが、負けたらおれは応じない」というのは本来通用しないことになります。

3 地域共同体による平和解決

それから3つめの平和的解決の方法として、地域共同体による解決というのがあります。 具体例としては、ドイツとフランスの歴史的な領土紛争地で、歴史的にはドイツ領になったりフランス領になったり、ずっと繰り返していたアルザス・ロレーヌ地方についてです。この地域は、第二次世界大戦前はドイツ領でした。第二次世界大戦後、ドイツは多くの領土をロシア、ポーランドで失いますし、フランスにも割譲しますし、この地方もフランス領になります。ただドイツは日本と違って、領土の回復を目指すのではなく、むしろフランスとの間にここにECSCという石炭鉄鋼共同体を作ります。2012年のノーベル平和賞をもらったEU(欧州連合)の結成に結びついていったこの地域には、現在EUの国際機関の本部やいろんな関係機関が設置されています。 ドイツは「占領(領土の回復)を目指すより、ヨーロッパ人になることで影響力を目指す」という選択をして現在に至っているということを紹介しておきます。

4、我が国の固有の領土論の危険性

問題だと思うのは、現在外務省のホームページを見てもらったらお分かりのように、「我が国の固有の領土論」というのが日本政府の主張となっています。これは、「未だかつて一度も外国の領土でなかったところ、誰も所有者がいないところを先に占めた者が領土とする」という論理です。(この論理を進めていけば、実は領土は、先住民のものとなるはずですが、)だからこれに固執していると、領土問題で対立している双方とも妥協ができなくなります。 「領土と言うのは、本来国際関係で決まっている」と理解しています。「固有の領土論」に立ちそれに固執する限り、対立している国家同士は、戦争による解決の道しかなくなっていきます。

5、「内なる敵」がつくられる

そして、戦争に向かうためにはどうしても挙国一致が必要となります。だから、その時は、必ず「内なる敵」が必要となり、つくられます。「内なる敵」とは何かというと、「非国民」であったり、「国賎」であったり、今でいうと「反日」であったりします。 先ほど草本さんがお話してくれたように、日系人が「敵国人」として強制収容されるということ、これは、その日系人がカナダ国籍、アメリカ国籍をとっていても、その対象となります。 第2次大戦後のブラジルの日系移民の中で、第二次大戦後に日本の敗戦を信じなかった「勝組」の人たちが、敗戦を認めた「負組」の人たちに対して虐殺し、襲撃をする事件が相次いで起きました。また、日本国内では、関東大震災のときですが、流言飛語が飛び交い、このことをきっかけとして朝鮮人・中国人の虐殺が起きています。

6、韓国ノービザ構想への批判の噴出

実は熊本県内でもこんな事件がありました。二00三年、当時まだ韓国から日本へ来るのにビザが必要だったころのことです。九州内に来る韓国からの高校生の修学旅行や観光客についてノービザにしましょうという構造特区の提案を、熊本県菊池市が日本政府に行ったのです。これが報道されたとたん、何百件を超える抗議電話が菊池市に殺到したという事件がありました。「韓国にビザなし渡航を認めると犯罪が増えるとか」「韓国人が来ると治安が悪くなる」とかの抗議電話です。政府は当時、「不法滞在者半減計画」をキャンペーンしていましたし、読売新聞を中心にマスコミでは、「外国人犯罪キャンペーン」が行われていました。このような下地がある中で、抗議の嵐が容易に噴き出してくることもありうるわけです。 でも、このノービザ政策は、2006年から日本政府が取り入れました。それ以降、韓国と日本の間で短期ではビザなしで行けますが、それによって治安は悪化していません。むしろ多くの観光客が来てくれることで、日本経済や熊本の経済も潤っています。だから菊池市の提案は先見性がありました。しかし、当時はこれに対してものすごい反発が噴き出しました。

五、東アジアの共生向けて

東アジアで共に生きるために、日本に求められるとしたら、戦前の植民地支配と侵略についての真摯な反省と被害者への謝罪と賠償です。だから、竹島問題の背景には、従軍慰安婦問題があるので、それに対して一切応じないという姿勢を取っていることは見直すべきです。 それから、「武力行使による国際紛争の解決を目指さない」という、これは日本国憲法に書かれている9条の理念ですけど、このことを具体的に日本が貫き通すという信頼感が得られるかどうか、この二点が非常に日本側にとって重要な点だと思います。 二番目は領土を巡る国家間の争い、日本にしろ、中国や韓国にしろ、その対立しあっている国の中に「戦争を辞さない人々、戦争をしてもいい」という人たちと、平和を守ろうとする人たちとの争いが必ず出てきます。前者のほうが強ければ戦争の道に行きます。今までは平和をめざす人々のほうが強かったのですが、必ずしもこれからもそうだとも言えないので、両国の間で戦争を目指す人々が強くなる可能性があります 領土問題を戦争ではなく平和的に解決するためには、二国間の間に.例えば、相手の中国人はどう、日本人はどう、韓国人はどうと決めつけるのではなくて、その中にもいろいろな立場の人たちがいるということを具体的に知った上で、「国民」や「国家」と言う意識よりも「東アジア人」とか、「東アジア共同体」の一員という構成員としての意識をはぐくんでいくことが重要だと思います。 最後に 「悪あがきのすすめ」(2007年発行 岩波新書)という本を、在日コリアンの辛淑玉さんが書いていますので、紹介しておきます。この本の韓国版の名称が「悪人礼賛」です。この本には、いろんな「悪人」(私もその一人として紹介されています)が紹介してあります。今は、「非国民」とか、「悪人」とか、「国賊」と、仮に呼ばれていても、きちんとモノを言えることが必要じゃないかと思います。 今日のシンポジウムを開くときに、参加者として、あるいはパネラーとして、いろんな外国人の方にお願いをしたときに、日本と近隣諸国が領土問題とかいろんなことで対立している中で、外国人が公の場で話すことに、「非常に危ないのではないかとか、不安だ」という声が出で、しり込みされる方が多くありました。そのような状況がある中で、今日6名の在住外国人の方々がパネラーとして名乗りを上げてくれました。今後、日本社会の中で、そういう不安をなくし、安心して集会に参加し、発言できるような状況にしていくことが、これから本当に必要だと思います。これで基調報告を終わります。ありがとうございました。